昔はそんなに気負うこともなく、この祭りは時期が来れば自然と集まり、行うものとして続いてきた。子供の頃から、周りの人に「将来は(別当を)継ぐんだぞ」と言われて育ち、当たり前にあるものだった。ただ、今は人が減ってきてしまって、遠くに住む弟にも出てもらったりして、今いる能衆同士で協力して祭を続けている。。
ただし(西浦の田楽は)能衆だけでは絶対にできない。祭に欠かせない火を起こすためのタイを持ってきてくれたりするように、地元の人たちに支えてもらっている。その彼らがいなくなってしまったときこそ、祭の存続の危機になるだろう。
能衆は皆、思っていることだろうが、この祭りは地元の人のためのものとしてある。だから地元の人から望まれる限りはずっと続けていきたい。その責任があると思っている。他所のためではなく、皆の安全を祈願するための大事な祭りだから。
髙木八郎さん
西浦の田楽 現在の別当(平成二十九年現在)
高木さんは西浦の田楽の中心となる別当家の長男として、小さな頃から伝統を見て育ってきた方。亡くなったお父様から受け継ぎ、二〇一一年から別当として祭の中心を担っている。